本研究は亜臨界レイノルズ数域における境界層流れの乱流遷移を扱っている。亜臨界遷移は、種々のターボ機械の翼列ブレードに沿う境界層のように強い攪乱のもとにあるとき生じる可能性があり、しかも翼列特性に著しい影響をもつ。しかし、非線形の現象の複雑さに加え外乱が境界層に受容される過程についての知識が乏しく、この亜臨界遷移を深く理解することは容易でなく、今までほとんど手つかずの状態にあった。本研究では平板上境界層を対象とし、その前縁に、音波を用いることによって強い渦度攪乱を励起した。 前縁で生まれる渦は最初二次元的であるが、前縁のわずかな歪みが原因となりすぐに三次元化し、ヘアピン状に変形する。その結果、流れ方向に軸をもつ縦渦構造(ヘアピン渦の脚部或いはそれが壁近傍に誘起する渦度変動)が壁近くに発達し、壁近傍の強い剪断層を浮上させる。ヘアピン渦は流下とともに減衰するが、上記壁剪断層から次々とヘアピン渦が生まれてゆくと乱流境界層に遷移する。ただし、前縁近くの境界層は極めて安定であり、上記壁剪断層の成長は攪乱の強さに大きく依存する。すなわち、励起された縦渦が弱い場合、R^*=300(排除厚さに基づくレイノルズ数)以内で完全に粘性減衰し、ブラジラス流(層流境界層)にもどる。亜臨界領域(R^*<500)で乱流境界層にまで発達するのは、上記壁近くの変動が主流の10%程度(U変動の実効値で)の強さを下流まで維持するときであり、その場合、R^*=300付近から壁剪断層のヘアピン渦への発達が急速に進み、それとともに平均速度分布や乱れ強度など乱流境界層のそれに近づいてゆく。 本実験で観察されたヘアピン渦を次々と生み出す過程は、乱流構造の発生維持のための最も重要な機構の一つと言える。
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