本研究は野蚕絹の中から柞蚕絹及び天蚕絹を選び、それらの染着性と堅ろう度を改善する為の基礎的知見を得る目的で行なったものである。 まず、主として柞蚕絹について基本的な酸性染料、分散染料及び反応分散染料各1種類を選んでそれぞれの等温吸着平衡並びに等温初期染色速度の測定を行ない、標準親和力、吸着熱、吸着のエントロピー変化、拡散係数などの熱力学パラメータを求めて家蚕絹のそれと比較考察した。それらの結果によれば、各染料の初期染色速度は家蚕絹より柞蚕絹に対する方が若干遅く、標準親和力もやゝ小さな値を与え、柞蚕絹の非晶領域の微細構造が家蚕絹のそれとかなり異なっていることを知った。また、天蚕絹についても同様の測定を行なったが、これについては未だ検討中であって、柞蚕絹や家蚕絹と比較考察するには至っていない 次に、得られた知見を基礎として柞蚕絹の染色上の欠点である濃色染めと洗たく堅ろう度を改善する為に、新規染料の開発と染色法の改良を試みた。すなわち、4〜6個の縮合芳香環を導入した配位子染浴を合成し、疎水性と親水性のバランスを保つようにしながらクロム及びコバルト錯塩化することにより、従来の直接染料よりはるかに少ない染料濃度で黒色に染めることが出来、洗たく堅ろう度も高い染料を得た。また、非直線型のジスアゾないしトリスアゾ型の酸性染料を合成し、タンニン酸後処理を併用することによって良好な染着性、堅ろう度を有するものを得ることが出来た。さらに、p-フェニレンでアミン系の酸化顕色染料にレマゾール型反応染料を併用する染色法を開発することにより優れた黒色染めを得ることが出来た。これらの知見から、柞蚕絹の染色性を改善する為の染料としては日光堅ろう性の面からは金属錯塩化を含むものが、コストの面からはアゾ型酸性染料が適しているという結論を得た。
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