受精卵に匹敵する分化多能性を持つ胎児性癌(EC)細胞は培養条件を操作するとマウス胚を構成する様々な細胞に分化誘導できるので、初期胚の形成機構を時間的・空間的に解体して研究するために適した実験系である。EO細胞の中でも、F9は低濃度のレチノイン酸(RA)処理によってはじめて分化が誘発されるので、ビタミンAの生理機能を解析するために優れている。昭和63年度はRA処理によって誘導される始原内胚葉様F9細胞が、凝集培養でさらに胚様体となり表面に内臓内胚葉様細胞を分化させる過程を重点的に解析した。このような分化のためには多数の遺伝子の発現を総合的に制御している因子が存在すると思われるが、これをモニターするためにSV40やMMLVなどのウイルス・プロモーターにレポーター遺伝子(CAT)を結合させたプラスミドを各分化段階のF9に導入してその発現を測定した。その結果、F9幹細胞から始原内胚葉様細胞への分化で一旦上昇したプロモーター活性を、内臓内胚葉様細胞への分化で抑制する因子が存在することが判明した。他方、胚様体表面における内臓内胚葉様細胞の分化の引金となっている因子を発見するために解析を重ね、成長したF9細胞の凝集塊が中空となり密度が減少することを利用してこれらをサイズ分画した。その結果、0.18mm以上の直径を持つ細胞集塊の表面で上皮様細胞層が形成され、内臓内胚葉のマーカーであるα-フェトプロテインを分泌することが判明した。これは細胞集塊のサイズが分化を決定することを示す最初の実験例であり、器官の大きさを加減する機構として興味深い。今後これらの発見を基礎に、初期胚の形態形成に関わる因子を分子レべルで解析して行きたい。
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