微量栄養素としてのビタミンAの重要性は古くより認識されているが、その作用機構の全容はいまだに解明されていない。視覚系の光受容サイクルにおける機能が分子レベルで解明されているのみで、さらに重要な成長、上皮形成、生殖細胞の発達あるいは抗腫瘍性発現の分子機構は栄養学上の未解決課題として残されている。その理由は、ビタミンAのこれらの機能が「細胞分化と形態形成」という生命科学の中でも展開の遅れている分野に関係するためと思われる。ここでは胎児性癌細胞F9の分化をモデル系として、細胞分化や形態形成に対するビタミンAの作用の分子機構を解析してこの微量栄養素の新しい生理機能を解析せんとした。まず、この細胞のビタミンAとジブチリルcAMPによる分化を遺伝子発現のレベルで解析するために、分化によって特異的に出現するmRNAのに対する多数のcDNAクローンを分離した。特に、細胞外マトリックスの重要成分として注目されているラミニンB1サブユニットのcDNAクローンを単離し、その構造や遺伝子発現制御の関して重要な知見を得た。また、この細胞の分化がビタミンA濃度に対して2相性を持って応答することを示し、ビタミンAの組織内濃度勾配が形態形成の軸決定を行う機構を分子レベルで解析する端緒を開いた。さらにビタミンAの代謝産物も同様な機能を持つこと発見し、より複雑な形態形成の要因を解き明かすヒントを示した。最後に、ビタミンA存在下にこの細胞を凝集状態で培養すると表面に内臓内胚葉を持つ胚様体が形成され、この過程が初期胚における円筒胚の形成を忠実に反映していることを実証した。以上のごとく、本研究では「細胞分化と形態形成」に対するビタミンAの機能を分子レベルで研究するための基礎を築いた。遺伝的に均一な細胞集団である胎児性癌細胞をビタミンA作用のモデルとして確立したことは今後の分子生物学的解析の基盤として計り知れない意義を持っている。
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