中等度好熱菌Bacillus stearothermophilus菌体から電気泳動的に均一にまで精製したリジルtRNA合成酵素(以下LRS)について、基質分子の特異的認識機構の一端を明らかにしようとした。LRSと基質L-リジンおよびその類縁化合物ならびにATPとの結合を、トリプトファン残基由来の蛍光(励起光、295nm;発光、340nm)の変化を指標として観測した。この蛍光変化は、前年度の実績報告に記したごとく、LRSと基質との特異的相互作用を直接に反映すると考えられるものである。試験したリジン類縁化合物の中で、LRSが触媒するアミノ酸依存ATP-PPi交換反応の基質となるS-アミノエチル-L-システイン(以下SAEC)は、ATPが共存しない場合もLRSと結合し、その解離定数(Kd)は41.4μM(pH8.0、37℃)で、本来の基質L-リジン(Kd=26.2μM)に近い結合の強さを示す。一方、ATP-PPi交換反応の阻害剤であるカダヴェリン(Kd=14.5mM)、L-リジンアミド(Kd=14.0mM)、L-リジンヒドロキサメイト(Kd=650μM)も各々単独でLRSと結合するが、そのKd値が示すように結合は弱い。しかし、ATPが共存する場合は、L-リジン、SAEC、カダヴェリン、L-リジンアミド、L-リジンヒドロキサメイトの見かけのKd値は、35、176、57.4、65.7、0.05μMとなった。これらのことは、ATPが共存しない場合には、LRSは基質アミノ酸の側鎖部分の認識はやや甘く、かつ、カルボキシル基部分とも接触している可能性を示唆し、そして、ATPが共存することにより、LRSは基質アミノ酸の側鎖の構造の識別を厳密に行うようになるとともに、カルボキシル基は認識の対象から外れることを示唆するように思える。
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