中等度好熱菌Bacillus stearothermophilusNCA1503菌体から電気泳動的に均一にまで精製したリジルtRNA合成酵素(以下LRS)について、基質分子の特異的認識機構の一端を明らかにしようとした。酸素精製法に改良を加え、粗抽出液から精製度1000倍・活性回収率30%の方法を確立した。昨年度までの研究成果によれば、平衡透析法によっても、また、基質・酵素間の特異的結合を反映することを前前年度に於て明らかにした蛋白質蛍光の変化を指標とする蛍光滴定法によっても、LRSには先ずアミノ酸基質Lーリジンが結合しない限りATPは結合しない事が示唆された。本年度は、この点をATPーピロリン酸(PPi)交換反応を用いる二基質の定常状態速度論滴解析およびそれに及ぼす基質類似阻害物質(Lーリジンに対するカダヴェリン及びATPに対するアデノシン)の効果の解析により検討した。結果は予測の通りであったが、この様な基質結合順序をもつアミノアシルtRNA合成酵素は我々の知る限りではまだ報告されてはおらず、興味深い。このことは、Lーリジンの結合により、微細かも知れないが確かな構造変化がLRSに起こることを暗示するものである。一方、昨年度の実績報告に述べたATPの結合がアミノ酸基質の側鎖部分の構造の認識の精度を高めるという知見と考え合わせると、本LRSのアミノ酸基質認識機構の(少なくとも)二重篩機構を窺い知ることが出来る。次に、蛋白質を構成するLーアミノ酸のうちLーリジン以外の19種について本LRSのATPーPPi交換反応の基質となるか否かを検討した。この19種は総て基質となり得なかったが、蛋白質非構成アミノ酸であるLーオルニチンは初速度で比較してLーリジンの約3%の活性を示した。
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