スルメイカTodarodes pacificusの80%メタノール抽出物を水に対して透析し、その透析外液を加熱処理すると煮熟イカ肉に特有の匂いが発生する。そこで、この匂いの前駆物質を明らかにするために透析外液を種々の陽イオンおよび陰イオン交換樹脂で処理して分画し、各画分を単独または複数を組合せて加熱処理したのち、発生する匂いを官能検査した。その結果、いずれの画分からも煮熟イカ肉に類似した強い匂いは発生しなかった。このことから、煮熟イカ肉の匂いは肉エキス中の複数の成分が同時に加熱を受けたときに発生するものと考え、前述の透析外液の加熱処理による成分変化を調べた。その結果、100℃の水蒸気浴中で30分間加熱すると、中性および酸性アミノ酸はほとんど変化しなかったが、シスタチオニン、オルニチン、ヒスチジン、ヒドロキシプロリン、オクトピン、トリメチルアミンオキシド、ADP、AMPなどが減少することが判明した。しかし、還元糖量はほとんど変化しなかった。次に、透析外液に含まれる各成分の分析値に従って試薬を混合して合成エキスを調製し、加熱処理したところ、その匂いは煮熟イカ肉に類似していたが、非常に弱かった。そこで、還元糖として加えたグルコースを相当量のリボースに置き替え、またZnCl_2をZnとして4.0mg/100mlおよびNaH_2PO_4・2H_2Oを146mg/100ml合成エキスに添加した。その結果、この合成エキスからは煮熟イカ肉に特有の匂いが発生することが明らかとなった。次に、この合成エキスから単一または複数の成分を除いたのち加熱処理して、匂いを官能検査し各成分の匂いに及ぼす影響を調べた。その結果、イカ肉エキスに比較的多量に含まれているプロリンおよびタウリンは、匂いの発生に余り重要ではないものと思われた。現在、合成エキスの加熱により発生する揮発性成分をガスクロマトグラフィーで分析しており、近い将来その全ようが明らかにできるものと考えている。
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