本年は昨年度の研究継続とともに、新たに母体経由の抗NGF抗体による初期発達段階での神経堤由来神経組織への影響を検討した。従来のNGFによる生体神経組織に対する作用は、生後の動物において、NGFおよび抗NGF抗体の投与に基いて検索されてきた。しかし、昨年度来の研究において、神経堤由来の神経組織は、胎生期に分化が完了していることが判明し、またNGFに対する感受性も発達段階に依存することが指摘されている。これらのことから神経組織の初期発達過程におけるNGFの影響を調べるべく、マウスNGFに感作された雌ラットを作製し、胎盤経由で抗NGF抗体が供給される胎児について検討した。(直接に胎児にNGFならびに抗NGF抗体を繰返し投与することが不可能であった)。方法は、マウスNGFで雌ラットを感作し、充分な抗体価が得られた後に、雄ラットと交配した。このようにして生れてきた動物の神経堤由来の交感神経節、知覚神経節ならびに副腎髄質の形態観察を行った。その結果、(1)著しい交感神経節の縮小、(2)知覚神経節ニューロン数の減少、ならびに(3)正常な副腎髄質形態が観察された。生後直後より連続的に充分量の抗NGF抗体を投与した場合と比較すると、この場合には知覚神経節ニューロンにはほとんど影響せず、(2)の現象がきわだって異っていた。このことは既に遊離細胞の培養系の実験によって指摘されてきたことだが、知覚神経節ニューロンは極く発達初期段階においてその分化にNGFを必須とすることを生体系で示したものと考えられる。一方、発生の初期段階から抗NGF抗体にさらされていながら、正常な副腎髄質が形成されたことは、神経堤細胞が所定の部位へと移動していく過程にはNGFは関与していないことを示していると考えられる。これらの結果から、NGFは神経堤細胞が所定の移動を終了した後の過程での分化に重要な役割を担っていることが示された。
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