脳は遺伝的には雌型の発育するようにプログラムされており、発育途上の特定の時期における性ホルモンの作用で、雄型に不可逆的に分化する。たとえばラットでは出生後5日以内に内因性、外因性を問わずテストステロン、または過量のエストロジェンが存在すると、遺伝的性別とは独立に脳が雄型化する。この際、テテトステロンが脳内で芳香化され、エストロジェンとして作用することは判っているが、脳の雄型化に際して性ホルモンが神経細胞に直接作用するのか、あるいは性ホルモンに誘導されるなんらかの機能蛋白分子が介在するのかについては議論が分かれていた。我々はテストステロンの全身投与と並行して、抗神経成長因子抗血清を雌の新生仔ラットの側脳室内に注入すると、脳の雄型化が起こらず、成熟後雌型の生殖行動の要素であるロード-シス反射を示す動物を得ることができることを見いだした。この現象は抗血清が性ホルモンによって誘導されるなんらかの蛋白分子を受動的に中和したためと考えられた。第一年度における神経生理学的検討によって、抗血清の投与を受けた動物では、この反射を促進する視床下部腹内側核から中脳中心灰白質に投射する神経回路が、性ホルモン処置にかかわらず雌型の特性を保持していること確認した。第二年度においては、この効果が神経成長因子そのものの中和によるものか、あるいはなんらかの共通抗原との交叉によるのかを検討する目的で、インシュリン、上皮組織成長因子に対する抗血清の効果を調べた。また、生殖行動とならんで顕著な雌雄差が存在する性腺刺激ホルモン分泌の中枢調節機序の性分化を観察の対象に加え、行動と内分泌のそれぞれの調節系における脳の性分化の時期と機構の異同を検討した。抗神経成長因子抗血清のみに、性ホルモンに脳の雄型化を阻止する作用が認められた。脳の性差の本態ならびにその成立の過程をより詳細に明らかにすることが今後の課題である。
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