研究概要 |
産業の場において使用されている有機溶剤による急性中毒や急性中毒死の原因と推定されている循環障害の詳細を解明するため、有機溶剤の心収縮能に及ぼす影響とその機序の一部を麻酔イヌを用いて実験的に検討した。 6種類の有機溶剤(1,1,1ーtrichloroethane、trichloroethylene、tetrachloroethylene、toluene、m-xylene、およびtrichloro-trifluoroethane)、いずれの溶剤もその吸入によってpeak dp/dtは低下した。また6種類の溶剤のなかでも最も低毒性といわれている1,1,1ーtrichloroethane(1,1,1ーTCE)について、収縮期最大左室内圧、左室内圧が40mmHgの時点に対応するdp/dt、および心筋収縮要素の最大短縮速度の変化を観察したところ、1,1,1ーTCE吸入によっていずれの指標も低下した。 1,1,1ーTCEの濃度が高い場合には、心拍数が減少したことから、1,1,1ーTCE吸入によるpeak dp/dtの低下に心拍数の減少がどのように関与しているかを検討した。ペーシング群とcontrol群において、1,1,1ーTCE吸入によるpeak dp/dtの低下の度合いを比較すると、ペーシング群の方がcontrol群よりも小さかった。この成績から、高濃度の1,1,1ーTCE吸入によるpeak dp/dtの低下には、わずかではあるが心拍数の減少が関与していると推定される。 一方、1,1,1ーTCEによるpeak dp/dtの低下の機序を、心筋に対する直接作用との関連から補足的に検討した。1,1,1ーTCE吸入によるpeak dp/dtの低下の度合いを神経切断群とcontrol群とのあいだで比較したが、高濃度の場合には両群のあいだに有意差は認められなかった。この成績から、peak dp/dtの低下の機序として、心筋に対する直接作用が関与していると推定される。 以上、有機溶剤吸入により心収縮能は低下することが判明し、その機序の一部に心拍数や心筋に対する直接作用が関与していることが考えられるが、有機溶剤による循環障害に中枢神経系がどのように関与しているかは明らかでない。更に検討する必要がある。
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