本年度は、収集した事例ごとに整理・分析を進め、その一部について学会発表を行った。 事例の大半は、自動車事故後の鞭打ち症であり、頚部X線写真上では事故に結びつくような異常所見を認める事例はなく、あっても加齢的な変性ないし労働負荷に基因するものと思われる所見であった。診断および治療は、もっぱら自覚症に基づいてなされていた。 日本法医学会関東地方会(東京歯科大)では「自動車事故にみせかけた保険金詐欺事件」について報告し、日本犯罪学会では(筑波大)、「交通事故の認定をめぐる諸問題」について口演し、交通・労災事故の認定のあり方に欠陥ないし盲点のあることを指摘し、いくつかの問題点を提起した。その一部を要約すると、次のようになる。 問題の第1は、自動車事故・労災事故ともに、その査定ないし認定はそれぞれ別個に発行される医師の診断書と自動車安全運転センターから発行される事故証明によって、損保会社ないし労災基準監督署で自動的な形でなされており、他の専門医などによるチェック機構が皆無に近い点である。長期にわたる給付事例や多額給付事例では、公的病院の専門医や法医・精神神経科医などの関与が是非とも必要であり、問題事例の早期発見システムの導入・開発もなされねばなるまい。その際には、事故内容について警察への情報請求や当事者などからの事情聴取も必須な事項となろう。 第2は、診断医に高額の診療報酬費が支払われる点であり、当人と医師との間に暗黙の了解があったと思われる事例もあった。 第3に、詐病診断技術の向上と普及や医師に対する現代に即応した倫理教育の必要性も強調されなければならないし、自動車事故をめぐる諸問題に対する各省庁間の担当業務の調整と分担の明確化が望まれる。
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