収集事例50例の大半は、自動車事故後のいわゆる“鞭打ち損傷"であり、傷病名は、頸部捻挫、頚部挫傷ないしは外傷性頸部症候群などであり、それに腰部捻挫が加わっている場合が多かった。 頸部X線写真では、事故に直結するような異常所見の認められる事例はきわめて少なく、あっても加齢的な頸部変性(骨棘形成)ないし労働負荷に起因するものと思われる所見であった。伸展位や屈曲位のX線写真についても同様であった。 診断および治療は、もっぱら自覚症に基づいてなされていた。診療録では、とくに事故内容およびその程度に関する記載不足が目立った。そのため、障害の程度と事故内容との相関性を検討することはできなかった。自覚症についても、傷病名の記載のみに終っている例が多く、傷病の推移を客観的に把握することはできなかった。長期にわたる治療例でも、当然追加されるべきと思われる検査も実施されていなかった。 診断に問題のあった事例としては、頸部捻挫にバレ-・ル-症候群(神経麻痺やシビレ感などの神経症状やめまい、吐き気、頭重、目のかすみなどの症状のある疾患)が加わった事例を、単に頸部捻挫と診断していた例が挙げられる。また、治療期間中に別の原因によって生じた障害(スポ-ツ障害)を、先行した交通事故に起因するものとして処理していた事例もあった。 以上、法医学的立場からすると、鞭打ち症患者の治療にあたっては、事故内容そのものに対する十分な配慮がなされねばならないし、鞭打ち損傷に対する整形外科学的な検査方式の確立・啓蒙ならびに心因的な要因に対する精神医学的なアプロ-チも強く求められなければならない。
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