齲蝕予防に使用されているフッ化ナトリウムの安全性については議論の多いところであるが、このフッ化ナトリウムには、近年培養哺乳類細胞に形態形質転換、悪性形質転換、染色体異常、DNA障害や遺伝子突然変異などをひきおこす細胞遺伝学的障害能があることが報告されている。フッ化ナトリウムのDNA障害能や遺伝子突然変異誘導能には作用時間依存性があり、ある時間以上作用させないとこの現象があらわれてこない。その理由の一つに、フッ化ナトリウムによる細胞遺伝学的効の強弱が細胞周期の各時期で異なることが考えられる。したがって本研究ではこの可能性を試すため、培養ヒト二倍体線維芽細胞を用いて、その細胞周期の各時期にフッ化ナトリウムを作用させ、細胞周期の各時期ごとの致死効果と染色体異常誘導能を比較した。フッ化ナトリウムの300〜900μg/mlをG_1期、DNA合成期 (S期) の前期、S期の中期、S期の後期およびG_2期にそれぞれ3時間ずつ作用させたところ、細胞生存率は細胞周期の各時期によって異なり、G_1期、G_2期またはS期の後期、S期の中期、S期の前期の順に低下した。フッ化ナトリウムの50〜300μg/mlを同様に作用させ、最初の細胞分裂中期で染色体異常の出現頻度を調べたところ、S期の前期または中期に有意な上昇がみられたが、G_1期、S期の後期およびG_2期ではみられなかった。このことから、フッ化ナトリウムのヒト二倍体線維芽細胞に対する致死効果と染色体異常誘導能には細胞周期依存性があり、S期の前期や中期で強くS期の後期、G_1期、およびG_2期で弱いことがわかった。
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