グラム陰性菌の外膜の透過性を増大する薬物は数多く知られているが、本研究では特に抗生物質グラミシジンSをとりあげ、その作用機構の解明を目指して研究を進めた。まず初めにヒト赤血球を用いて検討した。赤血球を使用した大きな理由は、いわゆる「浸透圧保護実験」により薬物が膜に開けた穴のサイズを容易に決定することができたためである。その結果、膜損傷の度合は薬物濃度の増大と共に大きくなることがわかった。さらに、透過性変化が起こる濃度付近から赤血球膜リン脂質の遊離が確認された。赤血球の形態変化を観察したところ、脂質の遊離が起こる直前の濃度で細胞が金米糖状のエキノサイト型に変形することもわかった。以上の事実から我々は、グラミシジンSは膜脂質二重層の外層に優先的に蓄積したためにエキノサイトとなり、この状態では不安定なために膜が壊れ、透過性が増大したと考えた。黄色ブドウ球菌(グラム陽性菌)に対してのK^+イオンの透過性変化とリン脂質遊離との間にもよい相関関係がみられ、この場合にもリン脂質の遊離と共に透過性が増大したことが明らかとなった。大腸菌(グラム陰性菌)の場合にも同じ様な対応が得られたが、K^+流出量はブドウ球菌に比べて少量だった。グラム陰性菌は陽性菌とは異なり外膜構造をもっている。グラミシジンSは外膜の構成脂質であるリポ多糖の遊離を引き起こしたことから外膜に損傷を与えていることは明らかであった。しかし、外膜に形成された穴のサイズが小さかったために薬物がさらに細胞質膜には到達できず、そのためにK^+イオンの流出が抑えられたと考えられた。この考えは、外膜をエチレンジアミン四酢酸で処理し外膜に大きな膜損傷を与えてからグラミシジンSを添加するとK^+が流出が100%引き起こされたことからも支持された。グラミシジンS以外の種々の薬物の作用についても検討したが、それらについては発表論文を参考としてほしい。
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