恙虫類は環境依存性が高いため、媒介種の多発環境を特定すれば、近年における好適環境の量的な変動傾向は恙虫病再流行の機序を説明付けるものと考えた。すでに、過疎化に伴う畑地の草地化がフトゲツツガムシの大量発生をもたらすことを示したが、本研究では、本種が患家の宅地内や隣接水田畦畔に発生していること、構造改善事業の進展に伴って出現した大型水田畦畔が多発環境であること等を確認した。一部の地域では、宅地周辺部、水田畦畔、路傍のフトゲツツガムシからリケッチアを分離し、日常生活域に生息する本種が病原体に汚染されていることを確かめた。また、リケッチアが分離されない地域にあっても、患者と不顕性感染者が広く観察されている。これらのことからフトゲツツガムシは生息地の如何を問わずに一定の比率で病原体に汚染されているものと見做し、その多発地に患者が発生し易いと考えると、近年における過疎化と水田地帯における構造改善事業の進展は、本種の多発をもたらした環境の変化または改変であり、恙虫病再流行の原因の一つとなったものと考えられる。したがって、フトゲツツガムシによって媒介される恙虫病は、区画整備を終えた水田地帯を中心に、さらに過疎化がなお進む地域を加えた広い範囲で、少なくとも現在と同規模の流行を記録し続けるものと予測される。もう一方の媒介種であるタテツツガムシについては静岡県御殿場市-小山町一帯で調査をおこない、本種が山脚部の水はけの良い場所に広く分布することを確かめた。しかし、多発地は極めて限局的であり、宝永噴火の噴出物が露出残存するススキ草地の一部に限られていた。この多発環境の増減傾向を捉えていないため、タテツツガムシが恙虫病の再流行にどう関与したかを推察することはできない。ただし、本種によって媒介される恙虫病は、媒介種の分布特性からみて、狭い地域内で一時的に多発する危険性が大きいものと考えられる。
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