電子移動反応は生体エネルギー変換の中枢をなす。その電子・分子機構の解析は重要な意味をもつ。昨年度は、電子移動速度を制御する因子として環境のゆらぎの効果をとり入れた新理論を展開し、その理論の基礎になるエネルギー曲線に対して、モンテ・カルロシミュレイションを行った。本年度は、昨年度のこの予備的な計算をより広い範囲の極性溶液系に適用する本格的な計算を行った。 まず、荷電溶質分子のまわりにできる誘電飽和層の厚みとその強度(これを誘電飽和の性質という)を決定する尺度を導入した。それを用いて、溶質の荷電量が変化するとき、誘電飽和の性質がどのように変化するかを調べた。その結果、強い飽和層は荷電量の増大に応じて多少増大するものの、溶媒分子の半径程度の範囲で変化することがわかった。また、溶質分子の半径を変化させた場合には、半径が小さい程誘電飽和の性質が強まることが明らかになった。次に、溶媒分子の半径を変化させた場合には、誘電飽和の性質は半径の大きさにあまりよらないことがわかった。更に温度を200Kー400Kの範囲で変化させると、誘電飽和の強さは温度によらず一定であることがわかった。 このような計算結果から、分子溶液系で誘電飽和はかなり普遍的にみられる現象であると結論される。我々のこれまでの理論と合わせると、この非線形現象が、溶媒分子の配向ゆらぎに異常性をひきおこし、光誘起電子移動反応のエネルギー・ギャップ則において、inverted regionを解消させる働きをもっていることが示される。
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