発癌遺伝子の多くはショウジョウバエにも保存されており、それらの本来の機能を理解する上で同種は優れたモデル動物と言える。タンパク質のSer/Thr残基をリン酸化するrafに相同なハエの遺伝子を単離し、ヒトrafと極めて類似したタンパク質の一次構造を塩基配列から推定した。Pエレメント・ベクターを用いた遺伝子導入による変異形質の回復から、rafの欠損した突然変異体を同定した。その表現形質からrafがハエの生存に必須なこと、そして、細胞増殖に関与することを明らかにした。rafの細胞増殖における機能を更に詳細に解析するために、EMSおよびX線処理で同一遺伝子座の新しい変異を誘発し、温度感受性(ts)変異体を含む合計6系統を用いて研究を進めている。ts変異体における温度感受性期の解析から、全発生過程を通じてrafが必要なこと、全分裂組織で細胞増殖の異常が認められること、そして、胚発生過程における体節形成や成虫の一部の筋肉の機能維持にも必要な多機能遺伝子であることが示唆された。幼虫体内の分裂組織の異常は各変異体間で差が見られ、モザイク法(Twin spot法)による細胞増殖率の測定値との相関が認められ、また、ts系統において温度上昇に従いより強度の細胞増殖の異常が認められ、raf遺伝子産物の活性の強さが細胞増殖率に関与することが示唆された。また、ts系統幼虫脳のM期細胞の温度感受性の解析から、rafは細胞周期のM期以外の相で作用することが示唆された。raf欠損変異を抑制する変異体を分離し、これまでに少なくとも2つの遺伝子座を同定した。これらの遺伝子地図上の精密な位置決定と、遺伝子の単離を進めつつある。シグナル伝達における情報の流れを明らかにすることが癌遺伝子研究の重要課題であるが、このような抑制変異による機能面からの遺伝子探索は、情報伝達機構の研究に新たな局面を拓くものと考える。
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