研究概要 |
本研究によって得られた知見・成果は以下のとおりである。 1,南部アフリカのカラハリ砂漠に住むサンの社会について、近代化・商品経消化にともなう伝統社会の変容の分析を行うとともに、農学の視点を取り入れ、半砂漠地域における定着農耕の可能性を検討した。定住化したサンは、現在のところ狩猟採集民としての伝統をよく保持し、自然との共存を図っているが、強力な物質文明や近代的面値体系の侵入に対して受身の立場を余儀なくされている。現状打開の方策として、サンが伝統的に利用してきた多くの野生植物を居住地に引き寄せ、半栽培的な畑ー「生態的農場」ーをつくることや、皮革製造業、観光事業などといった新たな生業手段を開発する必要性などが指摘される。 2,中央アフリカ・コンゴに住む狩猟採集民アカを対象に、半定住化しつつある彼らの社会を生態人類学的に分析した。アカは、近隣農民の与える庇護とアカの農民への従属という基本的な関係を通じて文明化、半定住化への変容を遂げつつあり、その過程が明らかにされた。 3,ザンビアの焼畑農耕民ベンバのチテメネ・システムの現状と、現金収入を目的としたトウモロコシ栽培の問題点を、農業生態学、生態人類学の視点より分析した。チテメネの畑では、人口増や集住化による休耕期間の短縮や疎開林の退縮傾向がみられ、またバイオマス・灰量の減少もあって、伝統的な焼畑耕作は岐路に立たされている。また、近年急速に広まっているトウモロコシ栽培は、連作によって収量が激減し畑を放棄するまでに至っており、この原因の究明と持続性のある畑作様式の確立が急務であることが明らかになった。チテメネ・システムの主作物であるシコクビエを常畑で栽培することも検討されるべきであり、その際にはマメ科作物を取り入れた作付様式の作物学的調査もなされねばならない点などが指摘される。 4,タンザニアに住む焼畑農耕民トングウェの、歴史的な民族形成過程の復元を行った。トングウェは、ムラヒロという10数個の氏族からなるが、各々はたかだか200年前に現在の居住地に移住してきたものである。現在、このような歴史的過程と同じような各民族の流入と混住化が進んでいるが、それは末端部におけるタンザニア国民の形成へとつながりうる、新たな文脈のもとでの動態であることが指摘された。 5,ザイ-ルの焼畑農耕民レガについて、熱帯林を利用した多様な生業および社会関係の変容について、生態人類学の手法による研究が行われた。市、金採掘による現金経済化の影響が若干見られるが、毎日の共食、集団猟による肉の分配、酒の分配を通じて伝統的な互酬性が維持されているなど、レガ社会の実相が描かれつつある。 6,ザンビアのスワンプにおけるベンバ語系諸民族の漁撈活動において、漁民と市場経済とのかかわりに焦点をあてた生態人類学的調査を行った。この地域の漁撈活動が、今まで以上に市場経済に取り込まれ、漁民自身が漁獲の商品価値を強く意識した行動をとり始めたことなど最近の変化が明らかとなった。 7,以上、アフリカの諸民族において、様々な社会・文化的変容の実相が明らかとなった。アカ、トングウェにみられるように、アフリカ伝統社会の中での異民族の共生関係や混住化が、近代化や国民国家形成などの新たな文脈の中で変成していくとともに、サンの例にみるように国家政策によって定住化や社会変革が行われるケ-スも数多く、また、いずれの民族社会においても、現金経済の浸透にともなう変容が進行していることが明らかとなった。特に国家主導型あるいは近代文明の浸透に起因する変容は、アフリカにおける重要な現代的課題であり、自給的で、自然との共存を基礎として成立していたアフリカの伝統社会が、世界経済、国家という新しい枠組みの中へ取り込まれていく動的過程を映し出している。今回の生態人類学、農業生態学、土壌学、作物学、民族考古学による多面的な調査研究により集積された「変容の民族誌」は、アフリカの人間ー環境系の動態を描き出すとともに、現代のアフリカを考える上でのきわめて重要な基礎資料を提供しているといえる。
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