研究課題
海外学術研究
マレーシア湿潤熱帯は地球上で最も多くの生物が熱帯降雨林生態系の複雑な相互関係のもとに生活している地域である。この地域の多数の複雑な種がどの様に分化してきたのか、交配に関係する送粉動物と植物との関係がどの様なものであるかについては、残念ながらわずかしか研究されてきていない。1987ー88年の現地調査ではマレーシア湿潤熱帯での種分化、特に植物と動物との相互関係が、植物の種の分化にどの様に関係しているかを明らかにすることが第一の目的であった。そのために我々が特に集中して調査・解析したのは、(1)西スマトラ州で多くの種が分化しているツリフネソウ属Impatiens植物の各種がどの様な生態分布をしているか、種間の隔離に働く各々の種の染色体数、さらに訪花昆虫の種類とその行動、(2)2種の野生バナナの交配様式の違い(昼咲の鳥媒花と夜咲のコウモリ媒花)、(3)食虫植物として有名なウツボカズラ属Nepenthesの異なった種間の捕虫嚢内に捉えられた動物相やそこを生活の場にしている動物相の解析などであった。その結果ツリフネソウ属の西スマトラで特に多くの種が分化しているI.alboflava群では同所的に生育する種では染色体数の倍数性の違いが見いだされ、それによる種間の生殖隔離が種の独立性に寄与していることが推察された。訪花昆虫相も異なることがあるがそれが種分化に積極的な寄与をしたとは考えにくいことが明らかになりつつある。開花習性の異なる2種の野生バナナ(昼咲のM.acuminata subsp.halabanensisと花咲のM.salaccensis)とでは、前者が昼行性のミツスイ科の鳥によって、後者が夜行性のオオコウモリ科の吸蜜性のコウモリによって送粉が行われていることが確認された。また30種以上の植物の訪花昆虫相を観察し、熱帯降雨林の林床草本植物の花には、各種の単独性のハナバチ類が訪花していることが明らかにされた。そのなかにはいままでほとんど採集されたことのない、特異的なハナバチ類が含まれていた。トラップ式の捕虫嚢を有する食虫植物として有名なウツボカズラ属植物はN.ampuraliaやN.gracilisに代表される低地性の種では圧倒的にアリ類が捕食されていたが、スマトラ特産種の高地のN.singalanaやN.bongusoなどではアリの捕食率は低下し、また種間で捕食している動物相が異なることが明らかになってきた。捕食・分解された昆虫相の鑑別・同定はスマトラ産の研究標本が日本にはほとんどないために大変困難であるが、専門家の協力を得て、現在も進行中である。1980年から連続して熱帯降雨林の動態を追跡するために設定されたウルガド地域の6つの森林生態調査プロット約3000本に及ぶ樹木の胸高直径の測定もこれら調査の間に行われた。長期にわたるこれらプロットの測定データは今後の熱帯降雨林の動態の研究の重要な基礎データになると考えられるし、またこれらのプロットを利用した種個体群の動態の基礎的なデータも集積されつつある。
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