アラブ首長国連邦はじめ湾岸産油国にはアラブ非産油国やアジア諸国から多数の出稼ぎ労働者が流入している。ドバイにおいてこのような出稼ぎ労働者および地元のドバイ人の何人かからインタビューでライフ・ヒストリーを聴取した結果によれば、出稼ぎ労働者は家族、親せき、友人などのつてを頼ってやって来て、ドバイで職を見つけ、血縁の人や友人と主としてつき合って、地元のドバイ人との文化的接触は比較的ゆるやかである。一方、地元ドバイ人の生活様式は増加する石油収入で輸入した電気製品などで表面的には大きく変化しているものの、伝統的な部分の多くは固く守られている。 バハレーンではコーズ・ウェイの開通でサウジアラビアと結ばれたことによって、とくにサウジアラビア東部のシーア派住民との接触が深まり、文化的並びに経済的に大きなインパクトをバハレーンは受けつつある。 クウェートにおける外国人出稼ぎ労働者の数は1985年のセンサス結果で見る限り、予想に反して、減少は生じていない。次の1990年センサス結果をも加えて情勢を判断することが必要である。 今後この地域におけるこの種の研究を続けていくことは是非とも必要である。とりわけ、昭和62年度の現地調査では交戦中であったイランとイラクは対象地域から除外せざるをえなかった。今後は少なくともイランを視野に入れた湾岸全域を対象とする研究が必要である。
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