研究概要 |
個々の蛋白質の細胞内寿命にその蛋白質のN末端アミノ酸が重要な役割を担っているという実験事実がある。本研究では,この事実に鑑み,まずパン酵母のイソ-ノ-シトクロムCをモデル蛋白質として、そのN末端近傍領域を遺伝子工学的手法により変換した種々の変異体を作成し,N末端プロセシングの一般則を明らかにしさらにそれに作用する酵素群についての検討を行った。 初年度においては,まずパン酵母イソ-ノ-シトクロムCの開始メチオニン(Met^i)に続くアミノ酸を遺伝子工学的手法を用い他の19種のアミノ酸に変異体におけるN末端アミノ酸を分析し,プロセシングの様式について推定した。変異体の作成は,イソ-ノ-シトクロムC遺伝子のN末端から3残基目のアミノ酸に対するコドンが終止コドン(UAA)に変わったため本蛋白質を欠損しているパン酵母菌株を用い,そのスフェロプラスト体に適当にデザインした鎖長20〜25のオリゴヌクレオチドをかえ,部位特異的変換とシトクロムCの複帰をハイブリダイズ法によりin vivoで行う方法を用いた。また変異体シトクロムCのN末端分析は,これを直接気相型アミノ酸配列自動分析装置を用いて行うと共にHPLCーペプチドマップにより定量的に解析した。この結果,開始メチオニンに続くアミノ酸が,グリシン,アラニン,シスチン,セリン,トレオニン,プロリン,バリンなどその側鎖の回転半径が1.29AGGOHH以下の場合,開始メチオニンの脱離が起り,それ以上の回転半径を持つアミノ酸が続く場合,開始メチオニンが保持されることがわかった。さらに,保持される開始メチオニンの次のアミノ酸がアスパラギン酸,グルタミン酸の場合,このメチオニンはアセチル化され,また,開始メチオニンが脱離した後の新しいN末端アミノ酸としてグリシン,セリン,アラニンなどが現われる場合も,N末端近傍での構造によっては,これらのアミノ酸もアセチル化されることがわかった。以上の結果から,N末端プロセシングには少くとも3種類の酵素;N末端開始メチオニンの離脱に作用するメチオニンアミノペプチダ-ゼ(MAP),N末端アミノ酸のアセチル化に作用するNーアセチルトランスフェラ-ゼ(NAT)ー基質特異性によってグリシン,アラニン,セリンなどに作用するNAT1とメチオニンに作用するNAT2があるーの存在が示唆された。そこで2〜3年度においては,これら3種の酵素をパン酵母より単離,精製することを試みた。NAT1については,既にパン酵母の変異体よりその遺伝子構造が明らかにされていたので,この遺伝子をプラスミドに導入した菌株を用い,またNAT2およびMAPについては,主なプロテア-ゼを欠損しているパン酵母変異体菌株を用いた。この結果,未だいづれの酵素も完全な精製品を得るには至ってはいないが,NAT1については,分子量約9万の同一サブユニット2個よりなる蛋白質,NAT2については,分子量約65,000の蛋白質であること,またMAPについては,分子量約35,000の金属酵素であることなどがわかった。今後はさらにこれら3酵素についてその精製と構造に決定を行う予定である。このほか,最終年度においては,N末端アセチル基の生理的役割を明らかにする一端の研究として,N末端アセチル基の除去に作用する2つの酵素;Nーアシルアミノ酸遊離酵素(AARE)とアシルアミノアシラ-ゼ(ACY);についての研究も行い,アシルアミノ酸遊離酵素のCDNAの塩基配列,一次構造の決定と活性セリン残基の同定,アシルアミノアシラ-ゼのcDNAの塩基配列の決定を行った。今後は,これら5種の酵素についてそれぞれの役割をNー末端プロセシングを基盤として研究していく予定である。
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