研究概要 |
本研究は,大腸菌のリン酸レギュロンを研究対象として,生物が外界あるいは環境の刺激や変化を感知し,そのシグナルを細胞質内で伝達して遺伝子発現を制御する機構を分子レベルで解明することを目的としている.リン酸レギュロンは培地中の無機リン酸濃度が低下すると発現して,乏しいリン酸の効率的な利用に働くと考えられる.遺伝学解析から<pst>___ーー<phoU>___ーオペロンの産物がリン酸濃度を感知してそのシグナルを感応レギュレ-タ-であるPhoRに伝達すると考えられる.昨年度までの研究で,PhoRはヒスチジン・蛋白・キナ-ゼでPhoBをリン酸化し,リン酸化PhoBが転写活性化因子としてリン酸レギュロン遺伝子の転写をアクチベ-トすることを証明した. 本年度は,<phoR>___ー以外の遺伝子(<phoM>___ー)による発現の促進(cross talk)と,リン酸欠乏以外の生理学的要因による発現の機構を解析した.(1)PhoRが機能を失うとリン酸レギュロンは<phoM>___ーに依存して構成的に発現する.また,<phoM>___ー遺伝子の上流の遺伝子(<orf2>___ー)は<phoB>___ーと相同性が高く,<PhoM>___ー/<ORF2>___ーもPhoR/PhoBと同様,二因子制御系の調節蛋白であると考えられるので,PhoMによるPhoBおよびORF2のリン酸化を検討した.<lacZ>___ーー<phoM>___ーキメラ遺伝子を作成し(PhoMが膜蛋白であるため可溶化するため),PhoMの機能を保持したキメラ遺伝子を選んで検討した.PhoMもPhoRと同様,自己リン酸化の機能をもち,ORF2もPhoBもリン酸化することを証明した.PhoM/PhoMーORF2によって制御される遺伝子は明らかでない.(2)<phoR>___ーあるいは<phoM>___ーのクロ-ニングを試み,そのどちらでもない遺伝子でリン酸レギュロンを発現させる遺伝子を分離した.この遺伝子は<ackA>___ー(アセテ-トキナ-ゼ)で,細胞内のATP含量が同時に上昇しており,多コピ-プラズミッド上で<ackA>___ーの高発現によってこの現象が起こると考えられる. 以上,リン酸レギュロンはPhoR/PhoBによる制御だけでなく,PhoMによるcross talkや他の生理学的要因によっても発現して,ヒトの腸内という本来的にリン酸の乏しい環境で生育するしくみが大腸菌には存在していると考えられる.
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