微生物由来のニトリル水和酵素における先例のない低スピン型非ヘム鉄(III)活性部位の構造と機能を解明するため、鉄の電子スピン共鳴スペクトル、常磁性鉄によるプロトン常磁性シフト('H-NMRスペクトル)およびEXAFS法を測定し、鉄配位原子、結合アミノ酸残基、鉄配位幾何学などについて考察した。低スピン鉄(III)に特徴的で、かつ異常なg値を示すESR特性は、本非ヘム鉄部位が六配位八面体の幾何学を有し、N_4SOあるいはNsO型の配位原子で結合されていることを示唆している。本酵素は非ヘム鉄にもかかわらず、異常に大きなプロトン常磁性シフトが多数観測され、既に情報が集積しているヘム鉄酵素の場合と比較・検討した結果、少なくとも鉄に対する配位アミノ酸残基としてヒスチジンイミダゾ-ル窒素の存在が強く推測された。EXAFSは、高分子量の酵素における金属中心の配位構造に対して有力な情報を与えることがあるが、本ニトリル水和酵素では強力なX線の照射のため資料の分解が認められ、有効な手段にならないことがわかった。他方、活性部位の合成モデル錯体を構築するため、非ヘム鉄錯体で低スピン型鉄(III)部位を与える唯一の例であるプレオマイシン-鉄(III)錯体を模範として配位子設計・合成を行った。その結果、N_5Oドナ-型の配位子で、したもかさ高い基(例えばt-ブチル基)を導入した新しい化合物の鉄(III)錯体は、確かに非ヘム鉄(III)錯体であるにもかかわらず低スピン鉄(III)に特徴的なESRおよび^1H-NMR特性を示した。モデル錯体による研究からも、天然ニトリル水和酵素の非ヘム鉄部位にはヒスチジンイミダゾ-ル基の配位が支持された。本酵素のX線結晶解析に関しては、単結晶が微小なため精密構造解析の飛躍的な進展は達成されなかった。
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