金属元素の酸化状態の安定度を決める要因としては、1)その金属に配位する配位子の電子状態と、2)配位構造が挙げられる。今回の研究は、配位子を適当に選ぶことにより通常不安定と考えられている金属の酸化状態を金属キレ-トとして安定化させようと試みたものである。 一般に、配位原子の電子密度が大きく電子供与性が高いほど中心金属の高い酸化数が安定化される傾向がみられる。この目的に合致した配位子としてNー(2ーヒドロキシフェニル)サリチルアミドおよびその誘導体を用いた。これにより数種のマンガン(IV)・(V)錯体を単離することができた。また銅(III)、コバルト(IV)錯体も溶役中で生成していることを確認した。これらに錯体について、置換基を変えて還元電位の変位をみることにより、配位原子上の電子密度と中心金属の酸化状態の安定度に及ぼす効果を定量的に評価することができた。 コバルト(II)のアンミンあるいはアミン錯体は空気中で容易に酸化されてコバルト(III)錯体となることはよく知られている。しかし、8個のアミノ窒素をもつ1、4、8、11ーテトラキス(2ーアミノエチル)ー1、4、8、11ーテトラアザシクロテトラデカン(taec)の錯体(たとえば[Co_2OH(taec)]ー(C10_4)_3となると、非常に酸化され難くなる。これは、配位子taecの立体規制によりコバルトは六配位をとり難いために特に六配位を好むコバルト(III)に酸化されないのだろう、と推論された。この推論に基づいて結晶状態で空気中でも安定なtaecクロム(II)錯体を合成することができた。更にこの考えの正しいことは、炭酸イオンの特殊な架橋構造のために六配位が可能となった[Co_2CO_3(taec)](C10_4)_2が容易に酸化されることから証明された。 本研究の成果は、錯体化学に新しいフィ-ルドを開拓すると共に、選択性の高い酸化還元試薬を組帯的に創出する可能性を与えるだろう。
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