これまで、鞭毛運動は主として動物生理学の研究対象として、その機構の解明という側面から詳細に取り扱われてきた。植物ではクラミドモナスの鞭毛運動が詳細に研究され、一般に平泳ぎ打法であると理解されて現在に至っている。しかし、植物はきわめて多様な多系統の生物群を含んでいる。クラミドモナスの所属する緑色植物群だけを取り上げても、シャジク藻網、緑藻網、アオサ網そしてプラシノ藻網など少くとも4つの異なる系統群からなる。過去に記載された多くの緑色鞭毛藻の中には、鞭毛を細胞側部から伸ばして運動するもの、あるいは鞭毛を後端から伸ばして細胞後方で運動することにより遊泳するものなど、遊泳様式から見ても多様な生物の集団であることが容易に想像される。 われわれは、緑色植物の起源を探る目的で、緑色鞭毛藻、特にプラシノ藻の細胞構造の比較形態学的研究を行い、ピラミモナス、ハロスフェラ、プテロスペルマなどの4本鞭毛藻の鞭毛装置構造がシャジク藻網と緑藻及びアオサ網の双方の特徴と合わせもつことを明らかにすることができた。このことは、これらプラシノ藻が緑色植物全体の中でも進化・系統学的にきわめて原始的な性質を残していることを強く示唆している。このような形態学的知見と鞭毛運動パタ-ンを比較対照してみると、次のような進化傾向が明らかになった。 (1)繊毛打(平泳ぎ型)と鞭毛打(逃避反応)を併せもつピラミチナスの運動様式は、鞭毛打しか行わないプテロスペルマ、プラシノパピラのそれより新しい性質である; (2)同様に前方遊泳は後方遊泳より新しい; (3)一方向への運動は後方遊泳と密接に結び付いて出現する事実及び放射方向への運動は例外なく前方遊泳と結び付いて観察されることから、後者は前者より新しい形質; (4)方向転換時に鞭毛基部を急激に屈曲する行動は後方遊泳を通常の様式とするプテロスペルマ、キンボモナスの小型細胞にのみ認められるので古い形質である。
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