ウイルスの神経病原性にかかわるウイルス側の因子を解明するため、ウイルスのレセプタ-結合ドメインが果たす役割に着目した。典型麻疹患者咽頭分秘液から分離した1株の麻疹ウイルス(長畑株)から、Vero細胞でプラ-ク純化後、新生ハムスタ-脳で4回継代することによって成熟ハムスタ-脳に対して病原性を示すようになった株(NーHB株)を分離選択し、ウイルスの細胞吸着に関する赤血球凝集素(Hタンパク)をコ-ドする遺伝子の塩基配例を決定し、神経病原性のない親株(NーV株)のH遺伝子の塩基配列と比較検討した。 NーHB株はわずか250PFUでも成熟ハムスタ-脳内に注射すると80%のハムスタ-が痙攣を起こして発病した。神経病原性のないNーV株と共にH遺伝子特異的cDNAを作成し、Taqポリメラ-ゼを用いたキロシ-ケンスを行って塩基配列を決定した。 NーHB株もNーV株もH遺伝子は1851塩基で、両株間のホモロジ-は99.5%であった。塩基配列の異なる個所は10ヵ所あった。塩基配列から予測されるアミノ酸は617残基で、両株間のホモロジ-は98.9%であった。コ-ディング領域でのアミノ酸の異なる個所は7ヵ所あった。いづれも1塩基の違いによっていた。NーV株からNーHB株への変異はLeu(43)→Phe、Thr(107)→Ala、Ser(126)→Asn、Ile(308)→Phe、Leu(321)→Pro、Ser(370)→Thr、Phe(431)→Leuであった。 これらの変異のうち、Thr(107)は比較のため文献上から検索したEdmonston株でも同じであったが、NーHBではAlaであった。同様にIle(308)がPhe、Leu(321)がProとなっていた。このうち321番目のLeu→Proの変異がHタンパク分子の立体構造、ひいてはレセプタ-結合ドメインの構造変化をもたらす可能性があり、神経病原性との関連において重要であろうと考えている。
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