本研究は、筋肉の中で細いフィラメントに沿って『滑り』運動を行うクロスブリッジすなわちミオシン頭部の形態を急速凍結電子顕微鏡法により高い空間及び時間分解能で観察することで『滑り』運動に関与する構造変化を見いだし、『滑り』運動の分子機構を解明するたもの有力な手掛かりとすることを目標とするものである。筋線維そのものを試料として収縮の際の構造変化を見ようとする従来のアプロ-チの難点(ミオシン分子が互いにその尾部で集合してフィラメントを形成し、さらにそれぞれの分子も2個の頭部をもっているために各頭部の構造やその収縮に伴う変化が原理的に一様となり得ない)を克服するために、まず、単離されたミオシン頭部サブフラグメント-1(Sl)とF-アクチンという単純な構成の系を用いて研究を始めた。改良を加えたマイカ細片法を急速凍結法と組み合わせることにより、硬直結合状態やADPの存在下では細長くアクチンと45度の角度を成していたSlが、ADP・バナジン酸(Vi)やATPの存在下では短く丸く形を変えていることを世界で初めて発表した。続いてその形態変化の分子機構を探るために2個の頭部をもつがフィラメントは形成しない重メロミオシン(HMM)の像を種々のヌクレオタイドの存在下で観察した。その結果、上述の形態変化が、ADP・ViやATPを結合することでミオシン頭部に生じる大きな屈曲に由来するらしいことが判明した。ミオシン頭部のこれほど明瞭な分子構造変化を電子顕微鏡的に見出だした例はこれまでにないが、最近の生物学的見地はいずれもこの観察を支持する。一方、筋肉収縮の試験管内モデル系であるアクトミオシン超沈澱においても同様に屈曲したミオシン頭部が多く見られ、収縮中の筋肉内でもこのような形態変化が現実に起こっていることが強く示唆される。併せて、平滑筋収縮の調節蛋白質カルデスモンの分子内機能部位及び溶液内での分子構造に関していくつかの新知見が得られた。
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