本研究の目的は、古代初期原子論がヘレニズム期の自然哲学のみならず、諸学芸・技術に与えた影響について、とりわけエピクロス、ならびにエピクロス学派やそれらを継承した思想を中心に文献学的に調査吟味することにあった。その目的を達成する意図から、研究の初年度は、古代初期原子論において提起された原子の概念、その運動理論、宇宙論や自然現象に関する理解が、エピクロスの思想にどのような影響を与えたかを検討した。すでに本研究者は、エピクロスにおける規準論、原子の概念、その運動理論について論文を発表していることから、第2年次目には、エピクロスの残した書簡のみならず、ルクレティウスの『物の本性について』の対応箇所、古代記録等の比較検討を試み、魂論について研究成果を公表した。それによって、魂の構成要素に含まれるaer(空気)の役割は、プネウマの語の中に含蓄されていると結論した。すなわち魂は火的性質、空気的性質、気息的性質をそれぞれもつものと「無名の性質」をもつものからなるとする四構成要素説が従系重視されてきているが、空気的性質と気息的性質は極めて接近した概念であり、検討された資料の中にはエピクロスがaerに関係する用語を慎重に避けたきらいがあることを明らかにし、火と気息と無名なものとの三構成要素説にエピクロスの立場があると解釈した。しかしなおエピクロス思想全般の文献資料として、新しく発見されたパピルスなどの資料を加えたG.Arrigheltiの編集になるEpicuro Opere の中の所謂断片の研究が特に重要であると考え、最終年度はこの膨大な資料解明に着手した。その断片の一部の翻沢(注も付す)を研究成果報告書に記載した。
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