「かくれ念仏」信仰は、各「家」を代表する親夫婦一組がその存続の主体である。各家の全員がその信仰のメンバーシップを獲得する形を取らない。調査地域(荒ケ田・上水流)の「かくれ念仏」には12の「流れ」が存在する。12の「流れ」の経文、儀礼慣習、御神体の様態は「カヤカべ」の調査研究結果と異なりをみせているだけでなく、地域内においても異なりが存している。 当地域の「かくれ念仏」信仰には、神がかりへの強度な社会的信頼が存している。葬送後の「御座」の最重要部分は、霊能者Nが神がかって、死者と生者を交通させる場面である。「寺元」もNの神がかりとその御言葉(託宣)によって決定される。その他、病気治療、不安の立直しもNやその他数名の霊能者に依頼されている。 儀礼慣習の保持には二重構造がみられる。例えば、死者が出ると門徒は「寺元」にお参りをする(かけつけ)。すると、「寺元」を中心に、「御座」のメンバーは死者に経帷子を着せる儀礼(枕はずし)を行なうが、これが修了すると再び神宮による神葬祭を行なう。この二重構造は、祭壇、御神体、神名にも観察される。 通婚は現在の門徒については、「かくれ念仏」と失有する人々の間で行なわれ、通婚圏が存在する。荒ケ田は志和池内に残存する門徒との通婚が多い。 「かくれ念仏」信仰は霧島信仰をはじめ、種々の土俗信仰を含む複合体として存在してきている。それが、真宗系異安心の一変形であるのか、あるいは、他の信仰形態が真宗系因子を習俗化させてきたのか、そのいずれであるかは現段階では判明しない。また、この信仰は従来研究されてきた「カヤカべ」信仰とも多くの面で差異がある。これらの点について今後さらに細かく調査が行なわれなければならない。
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