本年度の研究成果は、チンパンジ-の言語・認知機能にかんするわれわれの長期継続研究に基礎をおいている。以下では、現在までの研究の進展状況を概説したい。 チンパンジ-・アイは、「語」から「文」への断層的上昇の萌芽を示してくれた。では、「語」を「構成要素」から作りだせるだろうか。その第1段階として次のような実験をした。アイに、見本としてある図形文字をみせる。アイのキ-ボ-ドには、円・四角形・斜線といった9種類の要素図形(記号素)しか与えられていない。たとえば、「りんご」を表す図形文字が見本として与えられる。アイはその文字を構成する三つの要素図形を選びだして、見本と同じ複合図形を再構成することを学んだ。さらに第2段階として、見本の複合図形の提示時間を1秒間とし、見本が消されてから再構成することを求めた。この課題をアイを難なくマスタ-した。記憶をもとに再構成できるのだ。 こうした訓練をした結果、「りんご」そのものをチンパンジ-に見せたところ、それを表す図形文字を記号素から構成するようになった。アイは大型類人猿として初めて、二重性をもった「言語」を習得できたといえる。 本年度は、さらに数の体系についても、二重分節構造に対応する数構造の習得に向けた研究をおこなった。アイは、1から8までの数について、正しく命名できるようになり、現在9を導入している。また123・・・という習得したラベルの序数構造を、小から大への反応連鎖として確認した。指定された属性をもつ対象の数のみ答えることも可能だ。より高次の構造としての演算の導入を試みている。
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