チンパンジ-のアイをパ-トナ-とした認知機能の比較研究はじめて12年が経過した。コンピュ-タ-を介した視覚性人工言語のシステムにおいて、アイは、たんに「語」に相等する図形文字(lexigram)を習得するだけでなく、語から文や句をつくり、語それ自体を記号素(grapheme)から構成するという「二重分節構造」をもった人工言語を習得できた。アイはチンパンジ-のもつ認知機能の深さの新局面を例証してくれたと思う。 この報告書では、二重性をもった人工言語の習得というひとつの研究目標を達成する過程からうまれた、ヒトとチンパンジ-の認知機能の比較研究の成果をまとめて報告する。 色の知覚、形の知覚、資力、数の知覚といった基本的な知覚・認知機能について、人工言語を媒介として、実験的な分析をおこなった。ヒトとまったく同じ装置で、まったく同じ手続きによって、チンパンジ-の知覚世界をヒトと直接に比較することをめざした。その過程で、自由構成(free construction)と呼ぶべき手続きによって、チンパンジ-の自由に委ねて対象を記述させてみることを考えついた。約85語程度の語彙とはいえ、たとえば数・色・物のなまえを自由に記述されると、アイは自発的に「語順」をつくる。しかもその規則は、「チンパンジ-から見た世界」を規定する生態学的な制約を反映していると解釈できた。複雑な幾何学図形を再構成する手順にあらわれたりんかく線優位の規則も、ヒトと共通するゲシュタルト的知覚の一例と解釈できる。こうして、図形文字による人工言語のシステムをもとに、自由構成という手続きにしたがって、チンパンジ-の内的な見えの世界を客観的に分析したのが本研究に一貫した主題である。
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