本研究の目的は、視聴覚情報処理間の相互作用について、聴覚→視覚の影響を心理実験をもとにして解明することであった。これは、従来のMcGurk効果(視覚情報が聴覚情報に影響を及ぼす現象)についての研究では全く取り上げられていなかった。しかし日常発話場面においては、視覚→聴覚のみならず聴覚→視覚の影響が大きいと考えられ、さらに視聴覚間には加算ではなく相乗的な処理過程も考えられる。これらの問題点を解明するために、以下に示す実験を行なった。 1.実験手続き:(1)有声破裂子音と母音からなる1音節(〔ba〕、〔da〕、〔ga〕)を用いて、McGurk効果と同様の実験を行なった(聴覚反応条件)。 (2)同じ刺激を用い、さらに視覚提示のみの条件も作成して、視覚反応に及ぼす聴覚刺激の影響について調べた(視覚反応条件)。(3)さらに視聴覚提示刺激について、聴覚反応と視覚反応を同時に求めた(視聴覚同時反応条件)。 2.実験結果:(1)聴覚反応条件では、McGurk効果が認められ、例えば視覚〔ga〕聴覚〔ba〕では〔da〕への同定率が増大した。しかしこの場合、〔ga〕への同定率も増加した。(2)視覚反応条件では、視覚が聴覚からの制約を受けることが認められた。これは、McGurk効果を裏返した効果である。例えば、視覚〔ga〕聴覚〔ba〕では〔da〕への同定率が減少した。しかし全般的に〔ba〕は聴覚の影響をほとんど受けなかった。(3)視聴覚同時反応条件においても、(1)(2)とほぼ等しい結果が得られた。 3.考察:McGurk効果の裏返しの効果が得られたこと、すなわち聴覚→視覚が認められたことは、従来の説明は音韻知覚過程の説明には不十分であることを示唆する。視聴覚情報の統合に関する新仮説を考えた。 4.今後の研究計画:視聴覚間の相互作用と統合過程を解明するために、弁別実験や視聴覚情報の提示タイミングに関する実験を行なう。
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