本研究の目的はシンボル・システムとしての歌舞伎の「構造」と社会構造との対応関係を把握することにある。本目的を達成するために、1.「歌舞伎の構造」、及び2.「社会構造」を明確にし、3.両種の構造の具体的対応を、対応の媒介者である「役者集団」の中に求める、という研究計画の手順に従い、次のような知見を得た。1.歌舞伎の構造とは、世界・役柄・演技・定式などにみられる多様な「型(pattern or style of acting)」相互間の類似と差異に基づく「範列(paradigm)」的な関係の全体、すなわち、型の潜在的レパ-トリ-であり、特定の狂言は、レパ-トリ-から選択された型の組合せとして「連辞(syntagm)」レベルで顕在化するのではないか、との知見を得た。そして、「型」とは、自然及び人間の行動・心理の「類型」的かつ「律動」的な視覚・聴覚化であると定義でき、この意味で、型は、日常の現実に誇張化・分節化を施すことで成立した自律的な「形式」であるといえる。2.社会構造とは「制度化された価値パタ-ン」と規定でき、それは幕藩体制下では「身分」・「家」制度に含まれる価値パタ-ンであるーー例えば、身分制にみられる「類型的分別」と「ヒエラルヒ-的配列」、「家」制度にみられる「系譜的連続性」と「システム優位性」のパタ-ン。3.両種の構造は次の対応関係にある。(1)役者やその集団に内面化・制度化された身分・家的な価値パタ-ンは、類型化・ヒエラルヒ-化された「型の連関」や型の超世代的伝承としての「家の芸」を必然的に生み出す(因果的対応)、(2)型としての構造は、その思想内容の単純さによって幕藩体制の価値原理を維持する反面、その審美的価値のゆえに中枢価値を脅かす(機能的対応)、(3)最後に、(1)(2)の対応の確定を通して、両種の構造は、「型による分節化」という江戸期の「世界観」の、二つの次元(シンボル的次元と社会的次元)における実現ではないか、という示唆を得た。
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