今年度は、本研究の基礎となる中国出土書籍について若干の整理を行なった。それは1に中国考古資料から戦国次代の出土文学資料・遺跡の文献目録の一部を作成し、2に『史記』戦国紀年の考証をすすめ、3に馬王堆帛書『戦国縦横家書』訳註の一部を作成した。本年は以上の整理にもとづき、とくに戦国韓・楚国に関する考察を中心として研究した。 まず『史記』韓世家の分析では、先行する構成材料と『史記』編集との関係を考察し、その史料的性格を論じた。その結果、韓世家の構成は戦国秦の記録をもとにした戦国紀年と、『戦国策』に収録されているような戦国故事とを組み込んで作成しており、これら睡虎秦簡『編年記』と、帛書『戦国縦横家書』との比較によって実証できる。さらにその編集にあたって司馬遷は、戦国韓の歴史的な興亡の衰退原因に関する故事を選択する独自の観点をもつことがわかる。ただし同時に、戦国韓の地域的特色を解明するためには、司馬遷の編集意図を理解するだけではなく、他の出土文物を利用した諸国間の関係や歴史地理的な考察も必要であることを指摘した。つぎに、すでに『史記』穣候列伝が戦国故事を利用していることを考察していたが、なお戦国紀年は何にもとづくものか、また戦国故事の選択基準はどのようなものか、という問題が残されている。そこで『史記』春申君列伝の構成を分析し、その特徴は穣候列伝に比べて年号が少なく、故事の使用率が多いことを指摘した。そして司馬遷は、まず、秦国の記録から得た楚紀年を春申君列伝にほぼそのまま利用し、その間に戦国故事を配列したと推測さる。その戦国故事の選択は、登場、代表事績、失脚のように、その人物の衰退に至る内容を選んでいることが注目される。このように戦国紀年と戦国故事を二大構成材料とする編集方法は、『史記』戦国期の列伝の大半にあてはまる手法であり、『史記』戦国世家の構成とも関連するものである。
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