本年度は、19世紀の農村におけるヘゲモニー構造の変化を中心に研究を進めた。地方農村の文化的・政治的ヘゲモニーの担い手と見られる司祭、教師、村長の三者に着目し、その出自、年齢、教養、収入、村民の統合に果たす機能などの諸要素を多角的に検討した。さらに、この三者の「村の政治」における力関係、「中央」(国家、司教座、教皇庁など)とのパイプの性格などの変化を【○!1】19世紀前半【○!2】第二帝政期【○!3】第三共和政期の三時期に分けて分析した。その結果、欧米のフランス史研究者のあいだで続けられいいる論争--19世紀フランス農村はいつ、いかにして「政治化」し「近代化」されたか--の盲点が明らかとなった。第一に農民の「政治化」を従来のように、選挙の投票行動や「農民蜂起」への参加形態の分析といった非日常的、例外的「事件」のレベルで問題にしているだけでは決定的に不十分であり、教会や学校教育問題などの、より日常的な係争点での統合のメカニズムにメスを入れなければならないこと。また、E.Weberのように農村の政治的・文化的後進性、孤立性を過度に強調することは実態に反すること。さらに、フェリー改革(1880年代)以降の公教育の世俗化の推進を、中央の国家権力による地方文化の「圧殺」ととらえる近年の研究動向は、民衆レベルでも存在した反教権主義(反聖職者・反教会)感情を見落していること。以上の三点である。現在、これらの論点を整理した論文を作成しており、筆者が事務局をつとめる「近代社会史研究会」編の共同研究論集(別記)に収録する予定である。 本年度はこれらのメインテーマの他にも別記のように、フランス革命期の非キリスト教化や教育改革思想の史料収集と翻訳、都市手工芸職人の社会的結合関係の構造変化についての論文の書きおろしなどに携わった。 次年度は、これらの問題をさらに掘り下げていきたい。
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