本研究は、近代フランスの国民国家形成において、カトリック教会と公教育システムが担った機能の史的意味を明らかにしようとするものであった。具体的には、18〜19世紀を通して現象した公教育をめぐる国家と教会との熾烈なヘゲモニ-闘争の実相をフォロ-することによって、近代社会における「文化統合」の変容を跡ずけようとした。編著『規範としての文化ー文化統合の近代史』(1990年3月、平凡社)巻頭の二論考「文化統合の社会史にむけて」、「司祭と教師ー19世紀フランス農村の知・モラル・ヘゲモニ-」は、その主たる成果の一部である。前者では、従来の社会史研究にありがちな政治史アレルギ-の不毛性の克服と、伝統的な政治史や思想史の社会史的「読み替え」による歴史学の革新を提唱した。後者では、その視座をふまえ、地方農村の文化的・政治的規範形成の担い手と見られる司祭・教師・村長の三者に着目し、その出自・年令・教養・収入・統合機能などの諸要素を多角的に分析した。さらに、この三者の「村の政治」における力関係、「中央」とのパイプの性格など、言わば文化統合のメカニズムを剔抉し、その変化を19世紀全般を通して検討した。フランス農村の「政治化」は、従来、選挙の投票行動や農民蜂起といった非日常的な「事件」のレベルで論じられて来たが、ここでは、教会・学校・役場といった日常的な場で、構造的に組み込まれた係争にメスを入れることにより、「「政治文化」の変容という視角が不可欠であることを確認することができた。この構造は、実のところフランス革命期に淵源を発するものであり、そのため最終年度は、主として革命下の「非キリスト教化運動」の分析に力を注いだが、このテ-マについて論文として世に問うのは、復古王政期の掘り下げと併せて、なお数年の努力が必要とされよう。他日を期したい。
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