九州地方に伝わる座頭琵琶・盲僧琵琶の語り物伝承は、口頭的な(台本を用いない)語りの構成法、古浄瑠璃系とみられるストロフィックな(音域が狭く等時拍的な)旋律、および旋律型の組合せが法則的であることなど、様々な点で中世的な語り物伝承の姿を伝えている。本研究では、九州の座頭琵琶の中でも、とくに段物(長編の語り物)伝承の豊富な肥後の座頭琵琶に焦点を当て、その演唱実態を調査・記録するとともに、語り物伝承が口頭的に生起する仕組みについて、言語と音楽、文句とフシの両面から分析を試みた。具体的には、現役最後の琵琶法師ともいえる山鹿良之氏(芸名玉川教演、明治34年生)に調査の重点を置き、氏が伝承する50種近い段物の中でも、比較的構成の掴み易い一段物の「道成寺」「小野小町」「石童丸」を分析対象に選び、フォ-ミュラ(決り文句)の現れ方、文句とフシの複合的なあり方、フシの接読パタ-ンと段の構成法、および演唱ごとの異同について考察した。 その結果わかったこととして、特に重要と思われる三点をいえば、(1)口頭的な語り物伝承では、文句とフシは〈文句/フシ〉複合ともいうべき形で存在し、語りのフォ-ミュラも常に一定のフシ回しに結びついて記憶されること。(2)、フシの接続パタ-ンには、〈コトバ→中心曲節〉という法則性が認められ、そして〈コトバ→中心曲節〉で構成される小段が続起的に連鎮する過程として、段物の一段が構成されること。(3)〈コトバ→中心曲節〉で語り進める場面構成的な語り口に対して、朗誦のコトバブシで叙事的・説明的に語ってしまう語り口があり、この二つの対照的な演唱ヴァ-ジョンを適宜使いわけながら、多様な時と場(時間制限他)に対応する語りが即興的に構成されること、などである。 以上明らかにした問題は、平家語りの中世的な演唱態と近世平曲とのズレ、両者の距離を測定する上でも一定の示唆を与えるものと考える。
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