平成元年度には、昨年度に翻刻刊行できた大蔵八右衛門派の最古のまとまった狂言台本である伊藤源之丞吉高筆狂言台本(全17冊。狂言170曲所収。略称「伊藤源之丞本」)に引き続き、同派の代表的狂言台本の大蔵八右衛門虎光筆狂言台本(文化14年成立。全16冊。狂言163曲所収。略称「虎光本」)の翻刻作業を進めた。全16冊のうち12冊を翻刻し、印刷所において活字組みの段階まで終了した。残り4冊は、平成2年度に翻刻して活字化し、解説文を付して全16冊を1冊にまとめて刊行する予定でいる。伊藤源之丞本と虎光本の公刊によって、今まで学界に知られていなかった大蔵八右衛門派狂言の芸質を初めて明らかにすることができる。両本から知られる芸質は、宗家の大蔵弥右衛門派と比べて、武家の狂言を目指しつつも町衆寄りのくだけた演出が随所に見られ、以外と古風な面影を残していることである。大蔵八右衛門派と並んで研究の進展していないのに鷺流があるが、近年、田口和夫氏が発見された鷺仁右衛門派の江戸期台本である「賢茂小杉本」「文化小杉本」を写真版で入手することができたので、大蔵八右衛門派の台本の整理が終わり次第、鷺流の台本整理にとりかかりたいと思っている。鷺流の狂言台本の中で資料的位置づけ等がなされていないのは、この両本の他にも「寛政有江本」「野中儀左衛門本」などがある。ただ平成2年度までは、大蔵八右衛門派の狂言台本の調査と資料的位置づけ、内容紹介に専心したいと思っている。伊藤源之丞本の翻刻公刊後に、源之丞の末裔にあたられる方から源之丞宛の大蔵八右衛門書状と大蔵弥右衛門書状を見せていただくことができ、源之丞が八右衛門派に所属しつつ弥右衛門派とも交渉のあったことが確認できた。
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