I.本年度の研究は昨年度に引続き、ルネサンス期英国民衆の実態が、シェイクスピア劇の民衆的人物にいかに劇化されているか、さらに当時の民衆観客の反応はいかなるものであったかに焦点を当てた。(1)その具体例として、晩年のロマンス劇『冬物語』に登場する民衆的人物オ-トリカスが、16-17世紀英国における浮浪者・行商人・バラッド売り・すりなどの実態を凝縮劇化した民衆的諸要素の担い手であることを研究。(2)当時の有名な占星術師・医師サイモン・フォ-マンが、数奇な庶民的出自・経歴の結果、ジェントルマン階級に仲間入りし、グロ-ブ座にて『冬物語』を観劇した折の記録の中に、民衆観客のオ-トリカス観を見出そうとする試み。II.シェイクスピアが民衆ならびに民衆観客をいかなる存在として認識していたかを探ることは大変困難であるが、その一つの試みとして、劇中劇(的要素)をもつ劇-『夏の夜の夢』『じゃじゃ馬ならし』『アントニ-とクレオパトラ』など-における民衆観客・民衆役者の機能および周囲の上層人物の反応を研究。III.『ヘンリ-六世』三部作を、シェイクスピアの民衆的観点という見地から、特にジャック・ケイドの乱、戦争の犠牲となる庶民人物、貴族の権力抗争や英雄中心の主筋にコメントを加える女性人物などに重点を置いて考察。IV.『ヘンリ-四世』二部作のフォルスタッフを、民衆演劇の伝統との関連、同時代ロンドンの民衆社会との関連の中で考察。V.ハムレットが悲劇の主人公でありながら、同時に道化的人物として、宮廷世界の価値観を批判する民衆性に富む劇的役割を担うことを研究。-上記諸項目の研究を、裏面に記載する諸論文、および1990年刊行予定の著書にまとめた。
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