研究概要 |
1.前年度の研究にひきつづき,シェイクスピア劇の主人公が,高貴な身分でありながら,佯狂,狂気,痴態や民衆人物との交わりを通して,道化的あるいはそれに類する言動に託された民衆性により,一般民衆観客にアピ-ルする事実について研究した。2.特に今年度は,ハムレットに焦点を当て,悲劇の主人公としては例外的な彼の道化的機能が,その性格描写としてのみならず,宮廷的価値観の因襲性・偽善性への痛烈な諷刺ないしは批判として作用し,重層的・複眼的な視点から強力で立体的な劇〓界を構築していく経緯を研究した。なお,ハムレットのせりふが民衆的言語を取り入れていること,彼の所作や位置,登場のし方などが当時の舞台構造との関連で,劇の民衆性を強化していることにも注目した。3.三年間にわたる研究のまとめとして,シェイクスピア劇における民衆的要素が,当時の民衆観客のみならず,彼らともっとも近い視点に立つ現代の観客の意識に,いかなるインパクトを与えるか,を研究した。4.昭和63年度に来の研究によって,シェイクスピアの劇作法の根底には,「民衆性」を確固と据えられており,それはいわゆる庶民人物のみならず,ハムレットに見られるように主人公の中に存在する民衆的視座が,シェイクスピア劇のオ-ルタナティヴな新しい力の源泉となっていることを立証しえたと考えている。ただし、英国演劇やヨ-ロッパ演劇の伝統の中におけるシェイクスピア劇の民衆性という問題については,時間切れにより,十分に研究できなかったことが残念である。
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