1.昭和63年度は、まずシェイクスピア劇の悲劇・喜劇・史劇の各ジャンルにわたり、民衆的出自の、また民衆的視点を代表する下層の登場人物を選び出し、特に道化および道化的人物に注目した。 そして『ヘンリ-6世』3部作において、貴族の権力拡争や英雄中心の主筋が、民衆的人物の視点から照射されるという作劇術を、ジャック・ケイドや庶民人物・女性人物との関連で考察した。2.中期の民衆的人物の代表として、『ヘンリ-4世』2部作のフォルスタッフの道化性を研究した。3.エリザベス朝の占星術師サイモン・フォ-マンの『冬物語』観劇記録を研究し、民衆観客の一人としての彼のオ-トリカス観に注目する。4.エリザベス朝ロンドンの民衆劇場、特にグロ-グ座における民衆観客について研究を進めた。5.平成1年度は、前年に引き続くテ-マの他に、ルネサンス朝英国社会における民衆の生活実態・風俗習性・生活意識などを研究した。6.シェイクスピア劇の民衆観客を研究する方法の一つとして、シェイクスピア劇に登場する劇中観客後の人物を考察した。7.平成2年度は、シェイクスピア劇の主人公の道化的機能を主に研究した。その代表としてハムレットが、悲劇の主人公でありながら佯狂その他の言動を通して道化の機能を果たし、宮廷の偽善・因習的価値観に対してオ-ルタナティブな視差から批判・諷刺を投げる経偉、彼のせりふが民衆的言語を多く取り入れることをはじめとして、民衆観客に強くアッピ-ルするよう構想されていることを立証せんと努めた。また当時の舞台構造との関係から、ハムレットの登場のし方、舞台上の位置や言動が、この劇の民衆性を生むのにいかに効果的であるかを研究した。 8.以上の研究成果により、シェイクスピア劇の民衆的要素が、当時の民衆観客のみならず、彼らを近い視点に立つ現代の観客に強いインパクトを与える大きな要因であると考えられる。
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