1.Christian Weiseの戯曲は文学史的通説ではバロック演劇に数えられているが、学校劇としてもともと教育的機能をそなえており、むしろ観客の教化を意図した啓蒙主義市民劇につながる。しかし、Weise劇の教育内容は、当時の政治・社会体制の現実に「正しく」順応するよう促すもので、十八世紀半ば以降の市民劇に市民意識の立場から啓蒙絶対主義体制を批判するインパクトがみられるのとは異なる。2.Gottschedの悲劇“Sterbender Cato"は、主人公の共和主義的モラルにおいて後の市民劇にみられる理念を先取りしているとともに、そのモラルに固執して自殺に追い込まれるCatoの悲劇的最後を主題化、現実離れした道徳的厳格主義への批判を通じて政治的現実への賢明な対応を促している。3.イギリスで生まれた新しいジャンルとしての市民悲劇は、その発祥地では市民階級の実力と自負に裏打ちされて、市民社会における資本主義的合理性の論理と禁欲の倫理を鼓吹するが、ドイツに移入されると市民意識の形成そのものを意識化し、その自己批判と変革の可能性をひらくとともに、市民的理想の実現を阻む啓蒙絶対主義体制の構造的矛盾を暴露し、その変革の必要性を示唆する。4.GoetheやSchillerに代表されるSturm und Drang期から初期古典主義への市民劇の展開は、「人間性」の理念に集約される市民意識の理想を当時の歴史的現実において実現する可能性の問題というLessingの主題を引き継いでおり、特にGoetheの小説“Wilhelm Meisters Lehrjahre"では、主人公の意識がその自己形成の過程で、十八世紀における市民意識の形成史を個人において反復している。なお、将来の課題としては、これらの研究で確立された方法と観点を十九世紀から二十世紀初頭までのドイツ文学、特に市民的ジャンルである小説に適用して、「近代ドイツの市民意識史」へと発展させることが望まれる。
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