これまでの予備的貯蓄に関する研究のほとんどは、定性的な分析に限定されていた。この研究では、日本の家計を対象として日本における予備的貯蓄の定量的分析を行なった。予備的貯蓄という場合、それは2通りの意味を持つ。1つは、景気の局面において、不況局面にあったり、インフレが激しいことにより将来の所得の不確実性が高まり、それに対処するために行なう貯蓄(循環的予備的貯蓄)である。もう1つは、もっぱら、長期的観点にたって、老後の備えとしておこなう貯蓄(構造的予備的貯蓄)である。後者は、人口の高齢化の程度、年金制度に依存して決定される。われわれは、この2つのタイプの予備的貯蓄を分析したが、分析に当たって2通りの手法を用いた。1つは、日銀が毎年調査している「貯蓄に関する世論調査」に依拠する直接的な方法である。この調査によると、調査家計の70-80%が常に「病気・災害の備え」のための貯蓄を行なっていることが分かった。また、構造的予備的貯蓄についても、近年富みに「老後の生活費」のための貯蓄が上昇していることが分かった。第2の方法では、循環的予備的貯蓄に焦点を絞り、消費者のサ-ベイ・デ-タを用いて、日本の家計(勤労者家計、農家家計)の所得リスクを計測し、それが、家計の貯蓄行動に及ぼした影響を定量的に分析した。得られた結果を要約しよう。勤労者家計と農家家計を比較すると、所得リスクについては、後者のほうが大きく、総貯蓄に占める予備的貯蓄の割合も農家家計のほうが大きかった。時系列的に見ると、予備的貯蓄は、勤労者家計、農家家計共に第1次石油危機直後、1974年から77年まで総貯蓄の大きな比重を占めた。それ以降は、勤労者家計にとっては、その大きさは無視できる程小さくなったが、農家家計にとっては、1974年以降、その重要性は、徐々に低下しているものの、勤労者家計に比べると高水準で推移していることが分かった。
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