1.芳香族化合物と反芳香族化合物 ベンゼンの炭素骨格をケイ素で置換するとラジカル性が現れ、平面構造は遷移状態となり、幾分ねじれたイス型の非平面構造をとることを見出した。この傾向は、ベンゼン骨格を更に高周期のゲルマニウ、スズ、鉛で置換していくにつれて更に増し、鉛のベンゼンでは非平面構造は平面構造よりも約64kcal/molも安定になる。他方、隣接のリン、ヒ素、アンチモン、ビスマス骨格は、安定な正六角形の平面構造をとることを指摘した。高周期元素を骨格に持つベンゼンの興味ある性質は、その原子価異性体であるデュワーベンゼン、ベンズバレン、プリズマン等とのエネルギー差が減少し、炭素化合物では非常に不安定な三角柱構造のプリズマンが最も安定になることである。これは、高周期元素には不飽和結合よりも飽和結合を形成しようとする強い傾向と、比較的低歪みの化合物を形成することができる性質があるからである。反芳香族性の炭素骨格をケイ素で置換するとポテンシャルエネルギー面上のエネルギー極小点にはなり得ない。これは、隣接元素のリンが4π電子系の表面構造の反芳香族化合物を形成することが出来るのと対照的である。 2.多面体及び多環状化合物 テトラヘドラン、プリズマン、キュバン等の高歪み多面体化合物の炭素骨格をケイ素で置換すると極めて低歪みになる。四員環が融合したヒシクロ化合物やプロペランでも同じことが言える。ケイ素のこの特性は、炭素化合物では非常に合成困難な多面体あるいは多環状化合物をケイ素の導入により安定化できるという意味で、分子設計上非常に興味ある結果である。この低歪み化の傾向は、ゲルマニウム、スズ、鉛の順に更に顕著になる。四員環のみからなるキュバン系では特に効果的で、鉛骨格で置換すると100kcal/molも低歪み化される。
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