鞭毛の屈曲運動は、鞭毛軸糸内の、ATP分解酵素反応をともなう巨大分子間相互作用に基づく、周辺微小管滑りにより起こるものと考えられている。一次元的運動である滑りが二次元、あるいは三次元の屈曲運動に変換されるのは、巨大分子間の相互作用の状態に鞭毛軸糸にそっての変動が起こり、これにともない上記酵素反応によって生じる滑り力が軸糸にそってしかるべく変化するからと考えられる。巨大分子間の相互作用は、鞭毛軸糸の各部において全く独立に起こるのではなく、隣接部からの化学的、力学的干渉を受けて進行するものであり、この干渉に対する応答が鞭毛に屈曲波の伝播をもたらすものと考えられている。周辺微小管の滑りに基づく軸糸各部間の力学的干渉は、その性質上単に最隣接部からのものばかりではなく、相当隔たった部位からのものも有効に作用するものと考えられる。そこで鞭毛を適当な長さに切断し、鞭毛運動を鞭毛の長さの関数として解析し、鞭毛軸糸内酵素反応の相互作用の動態を明らかにしようと試みた。その結果次のような成果を得た。 1.鞭毛運動の頻度は、鞭毛の長さが2分の1波長(限界長)より短い範囲では、鞭毛の長さとともに直線的に減少し、この限界長以上では一定で正常の長さの時と同じ値を持つことを、ウニとヒトデの精子の鞭毛について明らかにした。 2.1で明らかにした鞭毛運動頻度と鞭毛の長さとの関数関係を説明するために、軸糸各部における滑り力の相互干渉を取り入れた滑り一屈曲機構の新しいモデルを提出した。 3.ウニ精子鞭毛のトリトン脱膜モデルについても鞭毛運動頻度と鞭毛の長さとの間に1と同様の関数関係のあることを明らかにした。MgATPを基質として解析し、限界長以下の長さではそれ以上の長さに比べてKmには違いはないものの、Vmaxが大きいことを明らかにした。
|