トンボは一般に若虫の時期は水生で、成虫になると陸生である。生息環境の著しい変化と共に、その複眼の構造と機能も大きく変化する。成虫の複眼は大きく頭部の大半を占めるが、その複眼の背側部分は若虫の時には小さな未発達の原基として複眼の背側についている。 高速液体クロマトグラフィーを用い、クロスジギンヤンマ(不均翅亜目、ヤンマ科)の成虫および終令幼虫の複眼中レチノイドの分析を行った。まず、成虫複眼の背側大個眼面領域からはレチナールのみが検出されたが、腹側小個眼面領域にはレチナールと3ーヒドロキシレチナールが共に含まれており、その割合は3ーヒドロキシレチナールの方が圧倒的に高かった。つぎに成虫の腹側小個眼面領域前方部の起源ともなるヤゴの複眼について調べたところ、やはり3ーヒドロキシレチナールを主として利用しており、レチナールも利用していた。ところが終令のヤゴの複眼後方に顕著に見られる大個眼面予定領域について調べたところ、レチナールも3ーヒドロキシレチナールも全く検出されず、レチニールエステルや3ーヒドロキシレチニルエステルが検出された。これらのエステルは11ーcis型レチノイドが主であった。そこで次に羽化直後(当日)の成虫複眼を調べたところ、背側大個眼面領域からはレチナールのみが検出されだが、成熟個体に比べてはるかに少なかった。これらの結果から、成虫複眼の背側大個眼面領域の視物質は羽化した後に合成されることが示唆された。 このような複眼の発生に伴う視物質の生化学的組成に大きな変化が見られたので、次年度は電気生理学的方法により、これらの違いを視機能と結びつけて研究を行う予定である。
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