ザルガイ科の二枚貝の殼の適応的意義を研究するにあたり、本研究では特にオオヒシガイ(Fragum fraum)に重点を置いた。この種は体内に光合成藻を共生させるにもかかわらず光を通すのに不利と考えられる半透明な殼を持っている。その理由を明らかにするために西表島の東海大学沖繩地域研究センターでの生態観察をはじめ、軟体部の解剖学的特長、組識切片の顕微鏡観察による軟体部での共生藻の分布状況などの調査を行った。その結果次の点が明らかになった。オオヒシガイは潮間帯下部で有孔虫殼を多く含む石灰質粗粒砂からなる底質中に生息する。軟体部で特に目立つのは殼後部直下の外套膜が肥厚し、ここに多数の纎毛がある点である。えら、唇弁、足などは退化していないので、水中の食物粒を濾過し利用でき、また運動能力も十分あると考えられる。共生藻は、採集したすべての個体に存在し、外套膜全面、纎毛、えら、筋肉に分布する。生態は光合成藻と共生する二枚貝としては特異で、殼は完全に底質中に潜って生活する。軟体部ではわずかに纎毛のみが海底面上に露出するだけである。 この観察結果はオオヒシガイは普通の二枚貝と同じように底質に潜り外敵から身を守り、濾過による食物粒と光合成藻の両方を餌とする摂食方法を進化させた二枚貝であることを示唆する。底質中に潜っていても光合成藻と共生できるのは、底質の粗粒で空隙率の大きな堆積物を通過する光を利用出来るためで、また共生藻は低い光量で光合成を行なえる種類なのだろう。半透明な殼は光を散乱させるのに適しており、これによって共生藻の住む外套膜に光をまんべんなく供給出来る。 西表の調査地ではオオヒシガイの生息密度は共存する他の二枚貝の10倍近く、オオヒシガイが「成功者」であることを物語る。今回解明できなかった殼後端の平坦化の適応的意義については今後の課題となった。
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