後氷期に入って気候の温暖化に伴う海面上昇と黒潮の北上は、日本列島の浅海水域に生息する貝類に大きな影響を与えた。本研究はこの浅海域の環境変化に対応して暖流系種が時間空間的にどのような変遷を経てきたかを明らかにして、黒潮の趨勢を解明することである。調査は房総半島、三浦半島を中心に南は愛媛県越智郡波方町瀬戸内海、兵庫県豊岡市気比、愛知県袖ヶ浦湾、北は北海道釧路平野などで実施した。その成果を記す。 愛媛県波方町の瀬戸内海沿岸では縄文前記から現在にかけてほぼ連続的な資料が得られた。その中で干潟群集、内湾砂底群集構成種において熱帯、亜熱帯系種の占る割合が低く、瀬戸内海にこれらの種の侵入の弱かったことが予想される。兵庫県豊岡市気比では湾に著しく狭いおぼれ谷野ためか、瀬戸内海と同様に内湾性種が優勢となりわずかに亜熱帯系をふくむにとどまった。 三浦半島では油壺と逗子の低地において造礁性サンゴの伴って、ベニエガイ、カモノアシガキ、シオヤガイ、ハイガイなどの熱帯種、亜熱帯種が産していた。その生息年代は油壺湾が5930〜4890年前であり、逗子が6090年前であることが判明した。この時期に三浦半島沿岸では黒潮の影響を強く受けいたことが確実になり、約2500年前には現在と同じ程度になったことも鎌倉低地の資料から明らかになった。 北海道釧路平野ではハマグリ、カガミガイ、シオフキ、サビシラトリなど温帯種が6910年前に侵入してきていることが明らかになった。これまでより約900年も早い時期から温暖種の生息できる環境となったことがわかった。これらの温暖種の侵入経路を明らかにする必要が生じてきた。
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