網膜視細胞の特異な構造がどの様な分子機構によって成立するかを知る事を目的として、ラット網膜の細胞培養を行ない、視細胞の分化過程を異なるラットの系統で比較、解析した。まず、ラットの2系統で生後発生を組織化学的手法により調査した結果、生後発生中のラット網膜には異所性杆状体視細胞が存在することが明らかになり、この細胞の形態はWistar系アルビノラット(WIS)とLong-Evans系ラット(LE)で質的に異なることがわかった。LEでは、異所性視細胞に外節や終末構造が認められ、ロドプシンは外節に一致して局在するが、WISでは、外節や神経終末など細胞の形態的極性は見られず、より未分化である。この2系統の新生仔網膜を細胞培養して比較すると、培養視細胞はそれぞれの系統の異所性視細胞の分化度にきわめてよく対応して培養下でも分化することが明らかになり、これによって視細胞分化の系統による違いが遺伝的な背景をもつものであり、これを培養系で解析する可能性が開けた。これらの違いが、視細胞そのものの差であるのか、あるいはこれに作用する細胞の差によるのか、さらに培養系で解析を進めている。 網膜の培養と並行して松果体の培養を行ない、これまで哺乳類松果体には存在しないとされていた視物質ロドプシンを産生する細胞が培養条件下では出現することを発見した。また、ロドプシン産生細胞の出現は微量の神経伝達物質ノルエピネフリン(NE)の添加によって特異的に抑制されることが明らかになった。同じ現象が網膜視細胞の場合に見られるかどうかを培養系で調べた結果、GABA性網膜神経細胞は影響を受けないような濃度のNE存在下で視細胞の出現が抑制されることが明らかになり、松果体と共通の視細胞の分化調節機構の存在が示唆された。これらの研究成果によって、アミン性伝達物質による視細胞分化の分子調節機構を解析する実験系がほぼ整ったといえよう。
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