前年度までは、アスベストとタバコ煙から生じることが知られている過酸化水とのインキュベ-ションにより、DNA鎖切断を引き起こすヒドロキシラジカル(・OH)が生成し、この・OH生成能とDNA鎖切断能との間に正の相関があることを見いだした。更に、5種類のアスベストについてその・OH生成能を調べたところ、その順序は既報の中皮腫発生率の順序と同じであることを見いだし、このことからアスベストによる発癌のメカニズムの一部には・OHが関与していることが示唆された。 そこで今年度は、タバコ煙の替りとして用いていた過酸化水素の系から本題であるタバコ煙をリン酸緩衝液にバブリングして調製したタバコ煙濃縮液(SmokeーPB)を用いる実験に進んだ。ところが、アスベストとSmokeーPBとによる反応系では、予想に反して、・OH産生もDNA鎖切断もアスベスト・H_2O_2反応系の場合より低下して、かつ5種類のアスベストの・OH産生能とDNA鎖切断能との間には相関は認められなかった。これはSmokeーPBの中には・OHをスカベンジしたり、鉄をキレ-トして不活性化させる物質が存在することによるものと思われる。また、アスベストとSmokeーPBの培養細胞に対する毒性は主にSmokeーPBによるもので、アスベストとの共存下で・OHスカベンジャ-が毒性を防止する効果もなく、この反応系では・OHは生じていないものと考えられる。さらに、アスベストとSmokeーPBの共存による培養細胞のDNA鎖切断効果も認められなかった。 本研究では、タバコ煙としてSmokeーPBを用いて実験を進めてきたが、得られた結果は予想に反してNegativeなものであった。これは実際の肺内では気層状態で反応するのに対して、SmokeーPBは液層として用いている、すなわちタバコ煙の存在形態が著しく異なることによるものと思われる。この問題の解決の為に、反応系のあり方を今後もう少し、基礎的な面から検討するつもりでいる。
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